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『当世書生気質』坪内逍遥 明治時代の書生たち【登場人物】【あらすじ】

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飛鳥山公園小説

当世書生気質とうせいしょせいかたぎ』は明治時代の小説家坪内逍遥つぼうちしょうようの小説。1885-86年(明治18-19年)刊行。角書つのがき(※)は「一読三歎」。

角書:〘名〙 浄瑠璃の名題なだい・歌舞伎の外題げだい・草子類の題名や書名などの上に、二行割、また、数行に割って書かれた文字。内容を示したり簡単な説明を示す。角。(出典:日本国語大辞典精選版)

本記事では『当世書生気質』の登場人物・あらすじ・寸評を掲載しています。

登場人物

括弧内は登場回。(回想場面は含まず)。

  • 小町田粲爾
    こまちださんじ
    (1・3・4・5・8・11・13・19・20)
    私塾の書生。二十一、二歳。飛鳥山で、義妹の田の次に偶然再会してから逢瀬を重ねる。嫉妬した吉住潔が悪評を流したため、休学処分を受けることになる。
  • 小町田浩爾こまちだこうじ
    小町田粲爾の父親。某省の官吏やくにんを免職になったため、鈴代常を離縁する。現在は某銀行の属吏したやく
  • 鈴代常すずしろつね / 小常こつね(11・13・18)
    小町田浩爾の妾。元・芸妓。お芳の二番目の養母。小町田浩爾が免職になったため、離縁され「小常」として芸妓に復帰した。現在は園田の妾。
  • 全次郎ぜんじろう
    鈴代常の兄。放蕩家。上野戦争の際に死亡した。結末部では、お秀の情夫であり、皃鳥の本当の父親であることが明らかになる。
  • / およし / 小芳こよし / 二代目小常(1・8・13)
    柳村屋やなむらやの芸妓。十七、八歳。三歳の頃、上野戦争で孤児になり、老婆に拾われ「お芳」の名前を与えられる。十歳の頃、老婆が他界したため、東京の神田同朋町にいる叔父・源作の家に向かっていたところ、飛鳥山の麓で小町田浩爾とお常に拾われ、以後、小町田粲爾とともに本当の兄妹同然に育てられる。十四歳の頃、小町田の妻が肺病で他界したため、小常の家に引き取られ、翌年から「小芳」として芸妓の仕事を始める。小常の引退後は「二代目小常」と名乗り、後には「田の次」と名前を改める。結末部では、守山友芳の妹・お袖であることが明らかになる。
  • 守山友芳もりやまともよし(3・4・5・16・17・18・20)
    書生。小町田粲爾の親友。法学校・東光学館で教授している。卒業後、代言人になる。魁進党に入党。
  • 守山友定もりやまともさだ亮右衛門りようえもん)(8・18)
    守山友芳の父親。五十三、四歳。旧名は亮右衛門。静岡県士族。貿易会社の社員。
  • そで
    守山友芳の妹。三歳のとき、上野戦争の際に母親のおかくとともに行方不明になる。
  • 三芳庄右衛門
    みよししょうえもん
    (1・18)
    銀行家。四十三、四歳。守山友定の友人。任那透一は妻の甥にあたる。
  • 園田そのだ(1・13)
    三芳庄右衛門の銀行の社員。三十五、六歳。静岡県士族。守山友芳の親戚。鈴代常を妾に迎える。
  • 皃鳥かおとり /水野民みずのたみ(7・15・18)
    角海老の娼妓。十九歳前後。三歳のとき、上野戦争の際に孤児になり、水野貞七に拾われる。後に角海老の娼妓になる。結末部では、全次郎とお秀の娘・お新であることが明らかになる。
  • 水野貞七みずのていしち
    皃鳥の養父。故人。三河豊橋の豪農。上野戦争の騒動に紛れ、夜逃げしている際に水野民を拾う。
  • ひで(7・15・18)
    皃鳥の梳攏しんぞ。四十代。守山友定がお袖の行方を捜していたことを利用して、皃鳥をお袖に仕立て上げる。結末部では、三芳庄右衛門の元妾であり、皃鳥=お新の本当の母親であることが明らかになる。お常の兄・全次郎の情婦。
  • 源作げんさく(15)
    角海老の楼丁なかどん。四十五、六歳。お芳の最初の養母の弟。神田同朋町で大工をしていた。窃盗の罪で逮捕歴がある。
  • 吉住潔
    よしずみきよし
    (1・7・8・15)
    代言人。二十六、七歳。皃鳥の常連客。小町田粲爾の学校の教頭樫森の弟。田の次に惚れていて、嫉妬心から小町田粲爾の悪評を流す。
  • 小年ことし(1)
    芸妓。二十五、六歳。田の次の先輩。
  • 弁吉べんきち(8)
    芸妓。吉住潔に惚れていて、田の次に嫉妬する。
  • 倉瀬蓮作くらせれんさく(3・6・7・11・16・17・18・19・20)
    書生。二十二、三歳。新潟出身。
  • 任那透一にんなとういち(2・5・8)
    書生。小町田粲爾の親友。二十三、四歳。大食家。奇人。卒業後は、親戚の三芳庄右衛門の援助で独逸に洋行して哲学研究に没頭する。
  • 須河悌三郎
    すがわていざぶろう(1・2・9・10・14)

    書生。桐山の同級。他者の意見を繰り返すだけで、自分の意見は持っていない軽薄な人物。お豊にからかわれる。
  • とよ(2・9・10・14)
    十四、五歳。楊弓場の白首しろくび(私娼)。第九回では、本郷の牛肉店の女中として再登場する。須河悌三郎をからかう。
  • 宮賀匡みやがただし(2・17・19)
    十九、二十歳。世間知らずの「坊ちゃん」。
  • 宮賀透みやがとおる(10・17)
    宮賀匡の弟。
  • 桐山勉六きりやまべんろく(9・10・14)
    近眼の書生。須河の同級。後頭部が禿げている。二十三、四歳。腕力主義を主張する豪放磊落な男。男色小説『三五郎物語しずのおだまき』を愛読している。奮進党に入党。
  • 山村やまむら(12)
    放蕩家。第十一回で退校処分になる。後日談では、地方の学校の教頭になっている。
  • 継原青造つぎはらせいぞう(7・9・10・12・17)
    放蕩家。第十一回で退校処分になる。後日談では、守山友芳の援助で復学して真面目になっている。
  • 野々口精作ののぐちせいさく(6)
    医学生。二十二、三歳。

あらすじ

  • 第一回 鉄石の勉強心も。変るならいの飛鳥山に。物いう花を見る。書生の運動会。
    飛鳥山。三芳庄右衛門、吉住潔、園田、小年、田の次が花見をしている。別の場所では書生たちが花見をしている。小町田粲爾は義妹・田の次と偶然再会する。吉住潔は嫉妬する。
  • 第二回 謹慎の気の張弓も弛む。とんだ目に淡路町の矢場あそび。
    宮賀匡と須河悌三郎の会話。牛肉店ぎゆうにくやで任那透一と遭遇して、寄席に行くことになる。淡路町の楊弓場ようきゆうばでは、白首しろくび(私娼)たちの客引きに捕まり、須河はお豊にからかわれる。
  • 第三回 真心もあつき朋友ともだちの粋な意見に額の汗を拭きあえぬ夏の日の下宿住居
    守山友芳の下宿。倉瀬蓮作は守山友芳の羽織を借用する。次に、小町田粲爾が下宿を訪れる。守山友芳は角海老の娼妓・皃鳥の話をする。
  • 第四回 収穫とりいれも絶えて。涙の雨の降りつづく。小町田の豊作でき不作ふでき
    小町田粲爾は田の次の来歴を語る。
  • 第五回 心の猿の悪戯いたずらにて縺れそめし恋のいとぐちのむかしがたり
    小町田粲爾は飛鳥山で田の次と偶然再会してから、何度も逢瀬を重ねていた。しかし、吉住潔が嫉妬心から小町田の悪評を流していたため、小町田は田の次とは離縁するつもりでいる。小町田粲爾が打ち明け話を終えてから、任那透一が下宿を訪れる。
  • 第六回 いつわりはもって非を飾るに足る善悪の差別けじめもわこうどの悪所通い
    野々口精作と倉瀬蓮作の会話。
  • 第七回 賢と不肖とを問わず。老と少とを論ぜず。たぶらかしざしきの客物語
    遊廓の名代部屋。倉瀬蓮作と継原青造の会話。継原は支払い金が不足していたため、倉瀬に仲裁を依頼する。娼妓・皃鳥は母親の形見の脇差の紋と同じ紋の羽織を倉瀬が着ていたため、羽織の持ち主を倉瀬に尋ねた。
  • 第八回 雨を凌ぐ人力車はめぐりめぐりて。小町田が田の次に逢う再度のいとぐち
    八百松楼の一階では、村高、岸の辺、吉住潔、田の次、弁吉が宴会を催している。一方、八百松楼の二階では、小町田粲爾、任那透一、守山友定が臨時の納涼会を始めていた。帰り際に小町田は吉住潔の人力車に乗り間違え、吉原に到着して、偶然田の次に出会う。その場に吉住潔が駆けつけ、修羅場に発展する。
  • 第九回 一得あれば一失あり一我意あれば一理もある書生の演説
    学校の塾舎。桐山勉六と須河悌三郎の会話。
    須河が買い物に出かけたところ、継原青造に声をかけられる。継原は名誉回復のために、質屋から請け出した懐中時計を須河に返却する。牛肉店では、須河はお豊に再会する。
  • 第十回 生兵法大きな間違いをしでかして味方をぶちのめす書生の腕立て
    牛肉店。須河悌三郎と継原青造の会話。継原は、第八回の末尾の後に起こった、小町田粲爾、田の次、吉住潔、弁吉の修羅場の顛末を教える。
    一方、桐山勉六の部屋。宮賀透が桐山に勉強を教えてもらっている。夜、須河は学校の塀を乗り越えていたところを泥棒に間違われ、桐山に殴られる。
  • 第十一回 つきせぬ縁日のそぞろあるきに小町田はからずも旧知己むかしなじみにあう
    吉原の事件の噂が学校に伝わったため、小町田粲爾は休学処分を受ける。四週間後に復学を許される。小町田は田の次のことは諦めて、勉学に専念することにした。
    下谷上野町。小町田粲爾と倉瀬蓮作の会話。
  • 第十二回 学校から追い出される。親父の送資しおくりは絶える。どこでたつ岡町に懶惰なまけもの生の翻訳三昧
    本郷辰岡町の下宿屋。継原と山村の会話。
  • 第十三回 心の宵闇に有漏路うろろ無漏路むろろを蹈み迷う男女なんにょの密談
    園田の家。小町田粲爾と田の次の会話。田の次は小町田粲爾の煮え切らない態度を非難する。
  • 第十四回 近眼遠からず駒込の温泉に再度の間違え
    須河悌三郎とお豊は駒込の温泉を訪れ、桐山勉六に鉢合わせする。
  • 第十五回 旧人ふるきを尋ぬる新聞紙の広告に。皃鳥ゆくりなく由縁ゆかりの人を知る
    角海老の楼上。源作とお秀の密談。皃鳥、吉住潔、登場。新聞には「鈴代つね」の名義において、上野戦争の際に行方不明になった妻と娘の所在を尋ねる守山亮右衛門の広告が出されている。
  • 第十六回黒絽くろろの薄羽織の媒介なかだちにて。薄からぬ縁因えにしをしる守山と倉瀬の面談
    守山友芳の事務所。守山友芳と倉瀬蓮作の会話。皃鳥の来歴が語られる。倉瀬は黒絽の羽織を返却して、皃鳥から預かった手紙を守山友芳に渡す。
  • 第十七回 文意を文字通りにみや賀の兄弟そぞろにコレラ病の報知におどろく
    守山友芳の事務所。守山友芳と倉瀬蓮作の会話。父親が帰ってきたため、守山友芳は退席する。事務所の前を宮賀兄弟が通りかかる。宮賀兄弟は継原青造の洒落を真に受け、継原がコレラに罹ったと勘違いしていた。継原青造、登場。
  • 第十八回 春ならねども梅園町に心の花の開けそむる。親とむすめとの不思儀の再会。
    下谷梅園町。お秀、皃鳥が園田の家を訪問する。鈴代常、守山友定、登場。お秀は証拠の短刀を差し出し、皃鳥がお袖であると名乗り出る。
    一方、守山友芳と倉瀬蓮作は隣の部屋からお秀、皃鳥の話を盗み聞きしていた。倉瀬の話と食い違っている部分があるため、守山友芳は不審に感じる。三芳庄右衛門、登場。
    柳村屋。田の次と小年の会話。源作、登場。
    再び、園田の家。お秀が三芳庄右衛門の元妾であることが明らかになる。三芳庄右衛門はお秀に表向きは三芳庄右衛門の娘であるお新の行方を尋ねる。守山友芳、源作、田の次、登場。
  • 第十九回 全編すべて二十回脚色しくみもようように塾部屋へ倉瀬の急報
    塾部屋。小町田粲爾と宮賀匡の会話。任那透一からの手紙を読んでいる。倉瀬蓮作が急報を届ける。
  • 第二十回 大団円
    守山友芳は小町田粲爾に事件の顛末を語る。皃鳥の正体はお秀と全次郎の娘(表向きは三芳庄右衛門の娘)のお新であり、田の次は守山友芳の妹・お袖であることが明らかになる。
    守山親子、小町田、倉瀬、三芳、園田、お常、田の次は賀宴を張る。

坪内逍遥の「作者の介入」

小説の主脳は人情なり、世態風俗これに次ぐ

坪内逍遥は『小説神髄』において日本近代文学の出発=写実主義を宣言した。近代小説は「人情」と「世態風俗」を描写する。要するに西洋文学からリアリズムを輸入したわけだ。そして、坪内逍遥は写実主義の実践として『当世書生気質』を書いた。

日本文学の世界では、『当世書生気質』は戯作的要素を残しているため、近代小説の本格的なスタートは二葉亭四迷の『浮雲』からということになっている。まあ、適切な見解である。

例えば、『当世書生気質』の文体スタイル物語ストーリーを『浮雲』と比較してみたらわかりやすい。『当世書生気質』が江戸戯作の影響を残していることは明らかである。

ただ、坪内逍遥が「作者の介入」をためらわなかったことは文学の歴史としてなかなかおもしろい。「作者の介入」はポストモダンの作家たちが利用している技法だからだ。

『当世書生気質』では、坪内逍遥自身が露骨に顔を出しながら登場人物たちを評価している。さらに、各所で作品の注釈を述べていて、批評家たちに反論をしているところまである。

再会を約して編中の人物作者と訣別す
最終回の挿絵「再会を約して編中の人物作者と訣別す」
(出典:国文学研究資料館「近代書誌・近代画像データベース」)

「作者の介入」は西洋文学の世界では十九世紀まで普通に行われていたことだ。(坪内逍遥が江戸の伝統文化に触れていたことを考えたら、むしろ落語・講談の影響が『当世書生気質』の作者の位置を決定したかもしれない)。

「作者の介入」は物語の虚構性を浮き彫りにするため、リアリズムを破壊するというデメリットを持っている。だから、リアリズムを宣言した坪内逍遥だからこそ「作者の介入」は控えるべきだったかもしれない。

ところが、興味深いことには、物語の虚構性を浮き彫りにするからこそ、同じようにポストモダンの作家たちは「作者の介入」を利用しているのだ。明治時代の小説『当世書生気質』からポストモダニズムを考えさせられる……。保守は革新、革新は保守。いや、芸術の世界はおもしろい。ぐるぐる、ぐるぐると螺旋を描いている。

今回は「作者の介入」に注目したけれども、『当世書生気質』の一番の見所は「世態風俗」の描写である。明治時代の書生たちの生活、芸者や遊女の世界。「世態風俗」の描写に成功しているだけでも、(日本文学の歴史上重要な意義を帯びているというだけではなく)第一級の書物としておすすめすることができる。


日本文学の読書案内は「日本文学の名作【50選】源氏物語から村上春樹まで」をご覧ください。

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