『風流仏』は明治時代の小説家幸田露伴の小説。明治二十二年刊行。
本記事では『風流仏』の登場人物、あらすじ、寸評を掲載しています。
登場人物
- 珠運
彫刻家。 - お辰
花漬売。叔父の七蔵に苦しめられている。 - 室香
お辰の母親。元・芸妓。明治維新の際に官軍に参加した恋人の帰りを待ちながら、娘のお辰を育てる。七蔵の妻・お吉に娘を託して亡くなる。 - 七蔵
お辰の叔父。大工。放蕩家。 - お吉
七蔵の妻。 - 吉兵衛
亀屋の亭主。 - 岩沼子爵
お辰の父親。元・浪人。明治維新の際に軍功を挙げ、七年間欧州に滞在していた。現在は岩沼卿の養子になり子爵位を授けられている。 - 田原栄作
岩沼子爵の家従。
あらすじ
- 発端 如是我聞 上 一向専念の修行幾年
京都。彫刻家の珠運は奈良、鎌倉、日光の彫刻を見物するために旅に出る。 - 発端 如是我聞 下 苦労は知らず勉強の徳
鎌倉、日光の見物をしてから、奈良を目指して木曽路を行く。須原の宿に到着。 - 第一 如是相 書けぬ所が美しさの第一義諦
花漬売のお辰に出会う。 - 第二 如是体 粋の父の子実の母の子
亀屋の亭主は花漬売のお辰の来歴を語る。お辰の父親は明治維新の際に官軍側に参加して、今では行方不明になっていた。 - 第三 如是性 上 母は嵐に香の迸る梅
お辰の母親・室香は音曲指南の仕事を始めて、貧しいながら、お辰と暮らしていた。しかし、室香は病に倒れる。 - 第三 如是性 下 子は岩蔭に咽ぶ清水よ
室香の弟・七蔵とその妻のお吉が室香の家を訪ねる。室香はお吉に娘を託して臨終する。しかし、室香の死後、須原に帰った七蔵は賭事に財産を浪費したため、お吉は気苦労から病死する。それから、荒屋でお辰は叔父の七蔵と一緒に暮らすことになった。 - 第四 如是因 上 忘られぬのが根本の情
珠運はお辰のことが忘れられない。 - 第四 如是因 下 思いやるより増長の愛
珠運はお辰が部屋に落としていった櫛に彫刻を彫りつける。 - 第五 如是作 上 我を忘れて而生其心
珠運は櫛を届けるためにお辰の家を訪れる。お辰が縄で縛られていたため、珠運は縄をほどいてやる。 - 第五 如是作 中 仁はあつき心念口演
珠運はお辰を連れ出す。 - 第五 如是作 下 弱きに施すに能以無畏
珠運は七蔵に百両を払い、お辰は亀屋の養女になる。 - 第六 如是縁 上 種子一粒が雨露に養わる
珠運は旅を再開することにした。亀屋の亭主は珠運とお辰の婚礼を挙げさせるために引き留める。 - 第六 如是縁 中 実生二葉は土塊を抽く
珠運は旅路を行きながら、しかし、お辰のことが頭から離れない。 - 第六 如是縁 下 若木三寸で螻蟻に害う
珠運は馬籠で病に倒れる。吉兵衛とお辰が亀屋に引き取り、看病する。約一ヶ月後、珠運とお辰の結婚の準備を進めているとき、お辰は岩沼子爵の家従・田原栄作に連れ去られる。 - 第七 如是報 我は飛来ぬ他化自在天宮に
お辰は父親の岩沼子爵と再会する。岩沼子爵は明治維新の際に軍功を挙げ、七年間欧州に滞在、岩沼卿の養子になり、子爵に成り上がっていた。岩沼子爵は珠運とお辰の結婚を中止させる。 - 第八 如是力 上 楞厳呪文の功も見えぬ愛慾
田原は珠運の説得を試みる。 - 第八 如是力 下 化城諭品の諫めも聴かぬ執着
お辰が岩沼子爵に引き取られてから、珠運は須原の宿に鬱々と過ごしていた。珠運は吉兵衛から一間と檜の古板を与えられ、彫像の製作を始めることにした。 - 第九 如是果 上 すでに仏体を作りて未得安心
珠運は花衣で飾られ、後光輪を背負ったお辰の彫像を製作する。その日、珠運の夢にお辰が現れる。 - 第九 如是果 下 堅く妄想を捏して自覚妙諦
夢から目覚めた珠運は、彫像が夢の中のお辰に劣っていることを悟り、過剰な装飾を削り落とし、「風流仏」が完成する。 - 第十 如是本末究竟等 上 迷迷迷、迷いは唯識所変ゆえ凡
吉兵衛はお辰のことを諦めるように説得する。珠運はお辰が業平侯爵と近々結婚することを新聞で知る。 - 第十 如是本末究竟等 下 恋恋恋、恋は金剛不壊なるが聖
珠運は未練を断ち切るために、彫像を破壊しようと鉈を振り上げたところ、彫像の美しさに鉈を取り落とす。もがきながら、倒れ、泣き叫ぶ珠運の首筋に女の腕が優しく絡みつき、鬢の毛が匂やかに頬を撫でる。「彫像がうごいたのやら、女が来たのやら、問はば拙く語らば遅し」。 - 団円 諸法実相 帰依仏の御利益眼前にあり
珠運は帰依仏の来迎に拯いとられる。
十如是
最初に『精選版日本国語大辞典』『Wikipedia』から「十如是」の意味を引用する。
太字は筆者。
〘名〙 仏語。「法華経‐方便品」の「仏所二成就一、第一希有、難解之法。唯仏与レ仏、乃能究尽。所レ謂諸法、如是相、如是性、如是体、如是力、如是作、如是因、如是縁、如是果、如是報、如是本末究竟等」の文により、一切の事物の実相には一〇種の如是があるとするもの。天台宗では、一念三千の基本とし、十如是はそのまま一つであると解する。十如是のうち、相は相状、性は内的本性、体は相・性の本体・主体、力は潜在的能力、作はその力の顕現、因は直接原因、縁は間接原因、果は結果、報は後世の報果、本末究竟等は以上の九つが一つに帰結し、そのまま実相に外ならないことをいう。十如。
出典:精選版日本国語大辞典「十如是」
十如是とは、相(形相)・性(本質)・体(形体)・力(能力)・作(作用)・因(直接的な原因)・縁(条件・間接的な関係)・果(因に対する結果)・報(報い・縁に対する間接的な結果)・本末究竟等相(相から報にいたるまでの9つの事柄が究極的に無差別平等であること)をいい、諸法の実相、つまり存在の真実の在り方が、この10の事柄において知られる事をいう。わかりやすくいえば、この世のすべてのものが具わっている10の種類の存在の仕方、方法をいう。
出典:Wikipedia「十如是」
『風流仏』は冒頭の「如是我聞」から始まり、各章に法華経方便品第二にある「十如是」の題名が冠せられ、「諸法実相」で締めくくられる。
「如是我聞」とは仏語で「このように私は聞いた」の意であり、『風流仏』では単純にプロローグとして用いられているだけだろう。
「十如是」とは「相・性・体・力・作・因・縁・果・報・本末究竟等」であり、「諸法実相」の具体的な存在形式が説かれている。
さて、『風流仏』の各章の内容と「十如是」の対応を見ていきたい。
- 「第一 如是相」=「相状」「形相」
お辰の「隠れがたき美しさ」。 - 「第二 如是体」=「相・性の本体・主体」「形体」
お辰の両親の出会いからお辰の誕生まで。 - 「第三 如是性」=「内的本性」「本質」
室香、お吉の死、そして七蔵の悪行が語られる。 - 「第四 如是因」=「直接原因」「直接的な原因」
珠運の熱烈な恋心。珠運はお辰が部屋に落としていった櫛に彫刻を彫りつける。 - 「第五 如是作」=「力の顕現」「作用」
珠運はお辰を救出する。 - 「第六 如是縁」=「間接原因」「条件・間接的な関係」
お辰は岩沼子爵の家従・田原栄作に連れ去られる。 - 「第七 如是報」=「後世の報果」「報い・縁に対する間接的な結果」
お辰は父親と再会する。結婚は中止になる。 - 「第八 如是力」=「潜在的能力」「能力」
珠運は風流仏の製作に取りかかる。 - 「第九 如是果」=「結果」「因に対する結果」
夢から目覚めた珠運は花衣を削り落とし、真の風流仏が完成する。 - 「第十 如是本末究竟等」=「以上の九つが一つに帰結し、そのまま実相に外ならないこと」
風流仏の来迎。
「相・性・体」
「相・性・体」の三如是は事物の本体部分を表現している。したがって、「相・性の本体・主体」=<体>として、室香と梅岡の恋物語からお辰誕生までが語られ、一方では「性質」=<性>として、室香、お吉の死、叔父七蔵の悪行が語られる。そして、お辰の「隠れがたき美しさ」が<相>として珠運の眼前に顕現する。
「力・作」
彫刻家=芸術家珠運の「潜在的能力」=<力>とは創造力である。最初の段階では、珠運の<力>は「愛慾」「執着」を源泉にしているため、風流仏は未完成の状態であり、「未得安心」の状態から抜け出すことができない。その「力の顕現」=<作>として、珠運はお辰を救出した。
「因・縁・果・報」
「因・縁・果・報」の四如是は因果関係を表現している。風流仏来迎の「直接原因」=<因>は珠運の熱烈な恋心である。そして、興味深いことに、岩沼子爵の家従・田原栄作にお辰が連れ去られたこと、つまり、恋の破局が「間接原因」=<縁>として働きかけ、「結果」=<果>として珠運は花衣を削り落とし、真の風流仏が完成する。一方では「縁の間接的な結果」=<報>として、お辰は父親と再会を果たし、結婚は中止になる。
「如是本末究竟等」
そして、九種類の如是は「如是本末究竟等」、珠運が風流仏の来迎に救われることに結実している。
日本文学の読書案内は「日本文学の名作【50選】源氏物語から村上春樹まで」をご覧ください。