はら【腹・肚】
①動物体で、頭・胸に続き、それらと尾との間にある部分。哺乳類では胸腔と骨盤との間で、胃・腸などの内臓を容れる。記下「大猪子がーにある肝向かふ」。「ーをさする」
②背に対して、体の前がわ。また、物の内側にあたる部分。記上「ーには黒雷(くろいかずち)居り」。「背にーはかえられぬ」
③胃腸。おなか。「ーをこわす」「ーがへった」
④(「胎」とも書く)子のやどる母の胎内。また、その母。また、その子。霊異記下「我、必ず日本の国王の夫人(ぶにん)丹治比(たじひ)の嬢女(おみな)のーに宿りて王子に生まれむとす」。伊勢「兄の中納言行平のむすめのーなり」
⑤こころ。かんがえ。感情。気持。また、心底。本心。伊勢「この歌はあるがなかにおもしろければ、心とゞめてよます、ーにあぢはひて」。「ーを探る」「ーが収まらない」
⑥胆力。度量。「ーの大きい人物」
⑦物の中央の大きい部分。物のふくらんだ所。盛衰記一一「京童部が築地のーなどに造りたる犬の家には猶劣れる物ぞや」。狂、膏薬煉「かの馬おゆびのーの膏薬に吸れて」。「徳利のー」
⑧かめなど胴部のふくらんだ器物を数える語。神代紀上「汝(いまし)あまたの菓(このみ)を以て酒八甕(はら)を醸(か)め」
⑨魚の鮞(はららご)を数える語。「たらこ一ー」
⑩〔理〕(loop)定在波で振幅が最も大きい部分。↔節(ふし)。
⑪帆が風を受けてふくれる所。
⑫琴の胴の裏面。
⑬氏。氏族。
連載第2回のテーマは、「はら」である。2回目にして早くも「こういうこともあるのか」と唸らされた。2392ページの1段目は「はら」だけだったのだ。それから3段にわたり、「腹が癒える」などの慣用句がずらりと続いている。
「腹」と聞き、まず自分の腹に触れてみた。毎日、ウォーキングをしていて、体脂肪率も悪くないのだが、最近はクランチをさぼっているために、ちょっとぽよんとしている。健康診断でも、LDLコレステロールの値があまりよろしくなかった。広辞苑で「腹」を引いたことをきっかけに、トレーニングを再開してみようという気持ちにもなってくる。まあ、明日には忘れているかもしれないが。
それにしても、「はら」という言葉の守備範囲は妙に広い。臓器の詰まった物理的な空間から、感情の渦巻く心理的領域までをもカバーする。
「腹」と「胸」の機能の差異を考えてみるのもおもしろい。「腹」の慣用句を眺めてみると、「腹に一物」と「胸に一物」、「腹に納める」と「胸に納める」などのように共通して用いることができる表現もあるが、そうでないのもある。たとえば、「腹が立つ」が、「胸が立つ」ことはない。「腹を割って話し合う」ことはできるが、「胸を割って話し合う」ことはできない。
「むね【胸】」を調べてみると、やはり心情的な意味に派生している点は「腹」と同じだ。だが、「胸」とは心臓、あるいは特に女性の胸部を指し、他方、「腹」とは食物を消化する胃や呼吸をするための肺を指していることから、ずれているところもある。
明日から、ふと感情が揺れたとき、自分の腹で感じているのか、胸で感じているのか、考えてみるのもおもしろいかもしれない。