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『文豪とアルケミスト』に登場した文学作品【有碍書「い」~「ち」の段】

歯車 日本文学

本記事ではブラウザゲーム『文豪とアルケミスト』の「有碍書「い」~「ち」の段」に登場した文学作品・作家の紹介をしています。

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「い」の段

『歌のわかれ』中野重治

一九三四年五月、中野重治転向、即日出所。志を貫き筆を折れという純朴な昔気質の老いた父親と、書くことにより“転向”を引受け闘いぬくと自らに誓い課す息子。その対立をとおし、転向の内的過程を強く深く追究した「村の家」をはじめ、四高時代の鬱屈した青春を描き、抒情と訣別し変革への道を暗示した三部作「歌のわかれ」、ほかに「春さきの風」などを収録。

出典:Amazon「村の家・おじさんの話・歌のわかれ (講談社文芸文庫)」

うたのわかれ』は中野重治なかのしげはるの自伝的中編小説。主人公の大学生・片口安吉かたぐちやすきちの精神的な転遷を描いた青春小説。

中野重治は東京帝国大学独逸文学科に在学中、後輩の堀辰雄らと同人誌「驢馬ろば」を創刊、詩・評論を発表して芥川龍之介に認められました。以後、プロレタリア文芸連盟・プロレタリア芸術同盟等、左翼系運動機関に参加してプロレタリア文学の中心人物として活動しました。一九三三年に検挙され、一九三四年五月に転向を条件に出所。しかし、転向文学で基本的な姿勢を貫き、戦後は民主主義文学者が結集した「新日本文学会」の創立に参加しました。

「プロレタリア文学」の固定観念にとらわれているために、中野重治を読んでいないならもったいないですよ。ぜひ、読んでみてください。

『夫婦善哉』織田作之助

惚れた弱みか腐れ縁か、ダメ亭主柳吉に尽くす女房蝶子。気ィは悪くないが、浮気者の柳吉は転々と商売を替え、揚句、蝶子が貯めた金を娼妓につぎ込んでしまう(「夫婦善哉」)。新発見された「続 夫婦善哉」では舞台を別府へ移し、夫婦の絶妙の機微を描いていくが……。阿呆らしいほどの修羅場を読むうちに、いとおしさと夫婦の可笑しみが心に沁みる傑作等、織田作之助の小説七篇を所収。

出典:Amazon「夫婦善哉 決定版 (新潮文庫)」

夫婦善哉めおとぜんざい』は織田作之助おださくのすけの短編小説。柳吉と蝶子の内縁夫婦の物語。

織田作之助は旧制第三高等学校(現在の京都大学)を退学後、作家活動を開始しました。故郷の大阪を描いた作品を発表し、『夫婦善哉』で作家としての地位を確立。戦後は太宰治坂口安吾らと共に無頼派新戯作派)の作家として活躍して「オダサク」の愛称で親しまれました。代表作に『夫婦善哉』『世相』、伝統的な小説観に異議を唱えた評論『可能性の文学』など。

『夫婦善哉』はアホみたいな大阪夫婦の喧嘩をクスクスと笑いながら、同時に生きることのエネルギーを与えてくれるほっこりとした読後感の短編小説です。『文豪とアルケミスト』の織田作之助の「大阪のおにいちゃん」のイメージがよくわかりますよ。

『田園の憂鬱』佐藤春夫

都会の重圧と喧噪に苦しみ、己の生の意味を見失った青年が、愛人と二匹の犬と一匹の猫をかかえて草深い武蔵野の一隅に移る。青年は土と雑草と丘陵を見つめ、憂鬱と倦怠を噛みしめながら、自己の内部に沈静する。絶間のない幻覚、予感、焦躁、模索……。
青春と芸術の危機を語り、様々な自然の事象を官能的な筆致で描いた本書は、著者の代表作であり、浪漫派文学の不朽の名作である。

出典:Amazon「田園の憂鬱 (新潮文庫)」

田園でんえん憂鬱ゆううつ』は佐藤春夫さとうはるおの小説。語り手の陰鬱な心象風景を描写した作品。

佐藤春夫は1909年から『スバル』『三田文学』に叙情詩を発表、1921年には『殉情詩集』を刊行しました。大正時代頃から小説が創作の中心になり、耽美派の作家として活躍しました。代表作に近代人の倦怠を描いた小説『田園の憂鬱』『都会の憂鬱』が挙げられます。『田園の憂鬱』は外界の風景を心理的イメージに転化した日本の叙景小説として画期的な作品です。

谷崎潤一郎が『病める薔薇』(『田園の憂鬱』の前段階)を絶賛したことがきっかけになり、佐藤春夫は新人作家の地位を確立することができました。『文豪とアルケミスト』では、佐藤春夫と谷崎潤一郎の交友関係に注目してみてください。

『聖家族』堀辰雄

昭和初期に活躍した小説家、堀辰雄の初期の代表作。1930(昭和5)年、作者が26歳のときに「改造」に掲載された。ラディゲの「ドルジェル伯爵の舞踏会」に見られる、“作者が小説で自身の告白をせず”、“すべてが虚構で”、“露骨なまでに心理解剖する”作風に影響されて書かれた作品。先行して書かれた「窓」「軽井沢にて」「軽井沢風景」は、「聖家族」の習作といわれる。

出典:Amazon「聖家族」

聖家族せいかぞく』は堀辰雄ほりたつおの短編小説。芥川龍之介の自殺の衝撃から誕生した作品。

堀辰雄は結核に苦しみながら文筆活動を続けた作家でした。人間の精神の領域自体を描写する「新心理主義文学」を提唱して、『風立ちぬ』『菜穂子』等の作品を残しました。「死があたかも一つの季節を開いたかのようだった」という象徴的な冒頭から始まる『聖家族』は芥川龍之介の自殺の衝撃から誕生した作品であり、登場人物にはモデルが存在しています。主人公・扁理は堀辰雄自身、扁理が師事していた九鬼という人物が芥川龍之介です。

『文豪とアルケミスト』では堀辰雄と芥川龍之介の師弟関係に注目してみてくださいね。

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「ろ」の段

『恩讐の彼方に』菊池寛

元禄期の名優坂田藤十郎の偽りの恋を描いた「藤十郎の恋」、耶馬渓にまつわる伝説を素材に、仇討ちをその非人間性のゆえに否定した「恩讐の彼方に」、ほか「忠直卿行状記」「入れ札」「俊寛」など、初期の作品中、歴史物の佳作10編を収める。
著者は創作によって封建性の打破に努めたが、博覧多読の収穫である題材の広さと異色あるテーマはその作風の大きな特色をなしている。詳細な注解を付す。

出典:Amazon「藤十郎の恋・恩讐の彼方に (新潮文庫)」

恩讐おんしゅう彼方かなた』は菊池寛きくちかんの短編小説。江戸時代後期、日本三大奇勝・耶馬渓やばけい(大分県中津市)の交通の難所に青の洞門を開削した僧禅海の史実に取材した作品です。

菊池寛は学生時代に芥川龍之介久米正雄らと雑誌「新思潮」に参加、戯曲『屋上の狂人』『父帰る』を発表しましたが最初は認められませんでした。後に当時の失意の心境を綴った小説『無名作家の日記』、歴史に取材した『恩讐の彼方に』『忠直卿行状記』で新進作家の地位を確立することに成功した菊池寛は、1923年に雑誌「文藝春秋」を創刊、1935年には芥川賞直木賞を設立しました。

『文豪とアルケミスト』では、イベント「奇襲作戦『第四次 新思潮』ヲ浄化セヨ」で仲間たちのことを心配していた菊池寛。やはり、「新思潮」の参加メンバー、芥川龍之介・久米正雄・松岡譲・山本有三との関係性に注目ですね。

『手袋を買いに』新美南吉

新美南吉(1913-43)は、わずか29歳、2冊の童話を出版しただけでこの世を去ったが、底抜けに明るく、ユーモアと正義感にあふれた彼の童話は、今日多くの人の心をとらえ、賢治、未明、三重吉らとならぶ児童文学の代表的作家の1人となった。「ごん狐」「おじいさんのランプ」「最後の胡弓弾き」「花のき村と盗人たち」等14篇を収録

出典:Amazon「新美南吉童話集 (岩波文庫)」

手袋てぶくろいに』は新美南吉にいみなんきちの児童文学作品。小狐が人間の町に手袋を買いに行く物語。

学生時代から創作活動をしていた新美南吉は児童雑誌『赤い鳥』で活躍していた北原白秋に心酔していました。旧制中学卒業後は教員として働きながら『赤い鳥』に作品の投稿を続けます。29歳の時に結核で亡くなったため作品数は多くありませんが、代表作『ごん狐』『手袋を買いに』は小学校の国語教科書に掲載されていて、今でも子供たちに親しまれています。

『文豪とアルケミスト』では雑誌『赤い鳥』に参加したメンバーたち(北原白秋・芥川龍之介など)および児童文学作家の宮沢賢治・小川未明との関係性に注目ですね。

『蠅』横光利一

新感覚派の驍将として登場した横光は、つぎつぎと新しい小説形式に挑戦したが、戦争によって不幸にも挫折した。だが現在の文学状況の中で、横光の試みは今もなお課題たりうる多くのものを含んでいる。表題二作のほか「火」「笑われた子」「蝿」「御身」「花園の思想」「赤い着物」「ナポレオンと田虫」の初期短篇と「機械」を収める。(解説=保昌正夫)

出典:Amazon「日輪・春は馬車に乗って 他八篇 (岩波文庫 緑75-1)」

はえ』は横光利一よこみつりいちの短編小説。宿場で馬車の出発を待っているひとたちと蠅を並列的・客観的に描写した作品。

菊池寛に師事した横光利一は『日輪』『』で文壇に登場、親友・川端康成と雑誌「文藝時代」を創刊して『ナポレオンと田虫』などを発表し、新感覚派の中心人物として活躍しました。後に純文学と通俗文学の融合を目指した「純粋小説論」を唱え、創作技法の転換を試みます。初期の代表作『蝿』は映像表現の技術を小説に輸入することに成功した短編小説です。掌編であるため気軽に読むことができますよ。

『文豪とアルケミスト』では親友の川端康成との関係性がいいですよね。

『金色夜叉』尾崎紅葉

美貌の鴫沢(しぎさわ)宮をカルタ会で見染めた銀行家の息子・富山唯継(ただつぐ)は、宮に求婚し、その代償として宮の許婚者・間(はざま)貫一を外遊させることを宮の両親に誓う。熱海の海岸で、宮の心が富山に傾いたと知った貫一は絶望し、金銭の鬼と化して高利貸しの手代になる……。
雅俗折衷の絢爛たる文体で明治の世相を大きく截断(せつだん)した本編は、紅葉文学の集大成であり、明治文学を代表する一大ロマンである。用語、時代背景などについての詳細な注解を付す。

出典:Amazon「金色夜叉 (新潮文庫)」

金色夜叉こんじきやしゃ』は尾崎紅おざきこうようの長編小説。間貫一はざまかんいち鴫沢宮子しぎさわみやこの恋愛を軸に金権主義と恋愛の葛藤を描写した作品。前編、中編、後編、続金色夜叉、続続金色夜叉、新続金色夜叉の六編から構成されている明治時代を代表するベストセラー小説。未完。

尾崎紅葉は山田美妙らと最初の文学結社・硯友社けんゆうしゃを結成し、雑誌「我楽多文庫がらくたぶんこ」を発行しました。井原西鶴に学んだ雅俗折衷体の小説『二人比丘尼色懺悔ににんびくにいろざんげ』で認められ、擬古典主義の作家として活躍。代表作に『多情多恨』『伽羅枕』『金色夜叉』等。

尾崎紅葉は幸田露伴と並び称され「紅露時代」を築きました。『文豪とアルケミスト』では紅葉門下の泉鏡花徳田秋声だけではなく幸田露伴とのライバル関係にも注目してみてください。

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「は」の段

『武蔵野』国木田独歩

詩情溢れる筆致で自然美を綴った表題作ほか18編を収録。
浪漫主義と抒情に出発した初期の名作18編を収録した独歩の第一短編集。
詩情に満ちた自然観察で武蔵野の林間の美をあまねく知らしめた不朽の名作「武蔵野」、自然を背景にした平凡な人間の平凡な生活のうちに広大な一種の無限性を感じさせる「忘れえぬ人々」。ほかに「源叔父」「河霧」「鹿狩」など、簡勁で彫りのふかい文体と、内容にふさわしい構成の秀抜さを示す作品を収める。詳細な注解・年譜を付す。

出典:Amazon「武蔵野 (新潮文庫)」

武蔵野むさしの』は国木田独歩くにきだどっぽの随筆。執筆当時、渋谷村に居を構え、東京近郊の散歩をしていた国木田独歩が、武蔵野の土地を端麗な文章で綴った一流の随筆作品です。

国木田独歩は民友社に参加、徳富蘇峰が創刊した『国民新聞』の日清戦争従軍記者として名声を博しました。帰国後には、浪漫派の作家として短編集『武蔵野』・『牛肉と馬鈴薯じゃがいも』を発表しましたが当時の文壇では認められませんでした。次第に写実的な作風に転じ、自然主義の作家として『運命論者』『竹の木戸』を発表しました。

「国民新聞記者・国木田哲夫」として活躍したことから『文豪とアルケミスト』では、好奇心旺盛なジャーナリストとして描かれていますね。自然主義の作家たち、田山花袋島崎藤村との交流に注目です。

ところで、「武蔵野」の場所はわかりますか? 実は「武蔵野」の範囲に明確な定義はありません。一応、広辞苑では「埼玉県川越以南、東京都府中までの間に拡がる地域」と定義していますが、国木田独歩は『武蔵野』において独自の再定義をしていて、「武蔵野」の混乱した定義も含めておもしろいですよ。

『お目出たき人』武者小路実篤

自分は女に、餓えている。この餓えを自分は、ある美しい娘が十二分に癒してくれるものと、信じて疑わない。実はいまだに口をきいたことすらなく、この一年近くは姿を目にしてもいない、いや、だからこそますます理想の女に近づいてゆく、あの娘が……。あまりに熱烈で一方的な片恋。その当然すぎる破局までを、豊かな「失恋能力」の持ち主・武者小路実篤が、底ぬけの率直さで描く。

出典:Amazon「お目出たき人 (新潮文庫)」

目出めでたきひと』は武者小路実篤むしゃのこうじさねあつの小説。言葉を交わしたこともない女性・鶴と自分が結婚することを本気で信じている空想家の主人公の熱烈な恋情を描いた作品。

武者小路実篤は志賀直哉有島武郎有島生馬らと雑誌『白樺しらかば』を創刊、『お目出たき人』で文壇に認められました。大正期には人道主義的傾向を深め、宮崎県に理想郷「新しき村」を建設。代表作は『お目出たき人』の他に『友情』『或る男』『愛と死』『真理先生』など。

白樺派の中心人物として活躍し、「ムシャ」の愛称で親しまれた武者小路実篤。『文豪とアルケミスト』では白樺派の仲間たち、志賀直哉・有島武郎との交流に注目してみてください。有島生馬の実装も楽しみですね。

『山月記』中島敦

人はいかなる時に、人を捨てて畜生に成り下がるのか。
中国の古典に想を得て、人間の心の深奥を描き出した「山月記」。母国に忠誠を誓う李陵、孤独な文人・司馬遷、不屈の行動人・蘇武、三者三様の苦難と運命を描く「李陵」など、三十三歳の若さでなくなるまで、わずか二編の中編と十数編の短編しか残さなかった著者の、短かった生を凝縮させたような緊張感がみなぎる名作四編を収める。用語、時代背景などについての詳細な注解および年譜を付す。

出典:Amazon「李陵・山月記 (新潮文庫)」

山月記さんげつき』は中島敦なかじまあつしの短編小説。詩家として後世に名を残すことを目指していた男・李徴りちょうが自分が虎に変身した経緯を友達の袁傪えんさんに語る変身譚の傑作です。

昭和前期に活躍した作家・中島敦は中国古典を素材にした作品を書きました。大学卒業後、横浜高等女学校に就職、喘息の発作に苦しみながら『かめれおん日記』『狼疾記』『悟浄歎異』などの小説を書きためます。後に教職を辞し、パラオの南洋庁に赴任している間に書いた『光と風と夢』が第15回芥川賞候補作になり、広く認められるようになりました。代表作は近代人の自意識を追求した『山月記』の他に『李陵』『弟子』など。

『文豪とアルケミスト』の二重人格設定は明らかに『山月記』が元になっていますね。

『あらくれ』徳田秋声

年頃の綺麗な娘であるのに男嫌いで評判のお島は、裁縫や琴の稽古よりも戸外で花圃の世話をするほうが性に合っていた。幼い頃は里子に出され、7歳で裕福な養家に引きとられ18歳になった今、入婿の話に抵抗し、婚礼の当日、新しい生活を夢みて出奔する。庶民の女の生き方を通して日本近代の暗さを追い求めた秋声の、すなわち日本自然主義文学を代表する一作。

出典:Amazon「あらくれ (講談社文芸文庫)」

あらくれ』は徳田秋声とくだしゅうせいの小説。奔放な女性・お島の半生を描いた自然主義文学の傑作。

尾崎紅葉の門下生として出発した徳田秋声は意外なことに『新世帯あらじょたい』『足迹あしあと』『かび』『ただれ』など自然主義の作家として活躍しました。昭和初期には低迷期を迎えましたが、室生犀星井伏鱒二島崎藤村等の後援に助けられ創作活動に復帰します。以後、後期の代表作『仮装人物』を発表、戦時下には『縮図』を執筆して権力の干渉に抵抗の姿勢を示しました。

紅葉門下四天王(泉鏡花、徳田秋声、小栗風葉、柳川春葉)の中では最も影が薄かった徳田秋声。『文豪とアルケミスト』では地味なキャラクターとして描かれていますね。

「に」の段

『蒲団』田山花袋

蒲団に残るあのひとの匂いが恋しい―赤裸々な内面生活を大胆に告白して、自然主義文学のさきがけとなった記念碑的作品『蒲団』と、歪曲した人間性をもった藤田重右衛門を公然と殺害し、不起訴のうちに葬り去ってしまった信州の閉鎖性の強い村落を描いた『重右衛門の最後』とを収録。その新しい作風と旺盛な好奇心とナイーヴな感受性で若い明治日本の真率な精神の香気を伝える。

出典:Amazon「蒲団・重右衛門の最後 (新潮文庫)」

蒲団ふとん』は田山花袋たやまかたいの中編小説。作家の竹中時雄が女学生の横山芳子に抱く恋心を赤裸々に描写した日本の自然主義文学の方向性を決定した代表的な私小説。

田山花袋は丁稚奉公をして苦学の後に上京し尾崎紅葉のところに入門しました。1896年に国木田独歩島崎藤村と出会い、翌年には柳田國男・国木田独歩らと『抒情詩』を刊行、浪漫的な詩を発表しました。後にフランス自然主義の影響を受け、『重右衛門じゅうえもんの最後』『蒲団』を発表して自然主義の代表的な作家になりました。代表作に『生』『妻』『縁』の自伝三部作、『田舎教師』、評論『露骨なる描写』など。「平面描写論」の提唱者。

『文豪とアルケミスト』の田山花袋は自然主義的な発言をよくしていますよね。美少女を好むところは明らかに『蒲団』が元になっていますね。

『濹東綺譚』永井荷風

取材のために訪れた向島は玉の井の私娼窟で小説家大江匡はお雪という女に出会い、やがて足繁く通うようになる。物語はこうして濹東陋巷を舞台につゆ明けから秋の彼岸までの季節の移り変りとともに美しくも、哀しく展開してやく。昭和12年、荷風58歳の作。木村荘八の挿絵が興趣をそえる。

出典:Amazon「濹東(ぼくとう)綺譚 (岩波文庫)」

濹東綺譚ぼくとうきだん』は永井荷風ながいかふうの小説。小説家の大江匡おおえただすが執筆中の小説『失踪』の参考にするために向島の私娼街・玉の井を訪れ、娼婦・お雪と交流する物語。

永井荷風は『野心』『地獄の花』を発表、自然主義文学を日本に移植するところから出発しました。後に浪漫主義耽美主義に転換して、耽美派の拠点「三田文学」を創刊しました。東京の下町情緒の描写に優れ、代表作に『すみだ川』『濹東綺譚』、他に大正六年から死去するまで綴った日記『断腸亭日乗だんちょうていにちじょう』があります。奔放な青春時代を過ごし、東京外語学校を除名され、心配した父親に命令され、アメリカ・フランスを外遊した経験から誕生した『あめりか物語』『ふらんす物語』も耽美的詩情を感じさせてくれる作品です。

『文豪とアルケミスト』では江戸文化の愛好者、強烈な美意識を抱いたキャラクターとして描かれていますね。「図書館三」の音声「おっと、今のことを日記に記しておかなくては」は『断腸亭日乗』を念頭に置いていますね。

『舞姫』森鴎外

許されぬ殉死に端を発する阿部一族の悲劇を通して、高揚した人間精神の軌跡をたどり、権威と秩序への反抗と自己救済を主題とする歴史小説の逸品『阿部一族』。ドイツ留学中に知り合った女性への恋情をふりきって官途を選んだ主人公を描いた自伝的色彩の強いロマン『舞姫』ほか『うたかたの記』『鶏』『かのように』『堺事件』『余興』『じいさんばあさん』『寒山拾得』を収録。

出典:Amazon「阿部一族・舞姫 (新潮文庫)」

舞姫まいひめ』は森鴎外もりおうがいの短編小説。官命によってドイツに留学した太田豊太郎おおたとよたろうと踊り子エリスの恋物語。

第一大学区医学校(現・東京大学医学部)を卒業後、森鴎外は陸軍軍医として東京陸軍病院に勤務しました。明治十七年、ドイツに留学、5年間医学の勉強をしながら見聞を広め、帰国後には留学中の体験を基にしたドイツ土産三部作舞姫』『うたかたの記』『ふみづかひ』を発表しました。さらに訳詩集『於母影おもかげ』の発表、明治42年文芸雑誌「スバル」創刊、創作の円熟期を迎え、『青年』『がん』などを発表して、夏目漱石とともに反自然主義の立場から文壇主流に対抗しました。後期は歴史小説の分野を開拓して「歴史其儘そのまま」の『阿部一族あべいちぞく』、「歴史離れ」の『山椒大夫さんしょうだゆう』『高瀬舟たかせぶね』などを発表しました。陸軍勤務を引退したころから『渋江抽斎しぶえちゅうさい』に代表される幕末の人物の足跡を克明に考証する「史伝」の領域に進みました。

森家は代々津和野藩主亀井かめい家の典医を務める家柄であり、『文豪とアルケミスト』では史実通りに陸軍軍医のキャラクターとして描かれていますね。町医者の父親の代理として鴎外が患者を診ることもあったらしいですよ。

『破戒』島崎藤村

明治後期、部落出身の教員瀬川丑松は父親から身分を隠せと堅く戒められていたにもかかわらず、同じ宿命を持つ解放運動家、猪子蓮太郎の壮烈な死に心を動かされ、ついに父の戒めを破ってしまう。その結果偽善にみちた社会は丑松を追放し、彼はテキサスをさして旅立つ。
激しい正義感をもって社会問題に対処し、目ざめたものの内面的相剋を描いて近代日本文学の頂点をなす傑作である。用語、時代背景などについての詳細な注解および年譜を付す。[付・北小路健「『破戒』と差別問題」]

出典:Amazon「破戒 (新潮文庫)」

破戒はかい』は島崎藤村しまざきとうそんの長編小説。被差別部落出身の小学校教師・瀬川丑松せがわうしまつの葛藤を描いた日本自然主義文学の成立を告げる画期的な作品。

「遂に、新しき詩歌の時は来りぬ。」と宣言した詩集『若菜集わかなしゅう』を発表した島崎藤村は浪漫的な抒情詩人として出発しました。小諸義塾こもろぎじゅくの教師をしていた時期に散文に移行して、日本自然主義文学の成立を告げる画期的な作品『破戒』を発表しました。『破戒』は告白小説の枠を越え、社会小説の可能性をも秘めていた作品でしたが、翌年発表の田山花袋『蒲団』の影響を受け、島崎藤村も告白小説の道を辿っていきました。後期には歴史小説の大作『夜明け前』を発表しました。

島崎藤村は明治女学校の教師として働いていたときに生徒との恋愛事件で辞職、さらに大正期には姪と不倫をして逃れるようにフランスに渡りました。『文豪とアルケミスト』の「禁忌ってなんだろう……もちろん、言葉の意味じゃなくてさ……」(ボイス「司書室二」)は禁断の恋愛に身を捧げた作家の生涯が反映されていますね。

「ほ」の段

『暗夜行路』志賀直哉

祖父と母との過失の結果、この世に生を享けた謙作は、母の死後、突然目の前にあらわれた祖父に引きとられて成長する。鬱々とした心をもてあまして日を過す謙作は、京都の娘直子を恋し、やがて結婚するが、直子は謙作の留守中にいとこと過ちを犯す。
苛酷な運命に直面し、時には自暴自棄に押し流されそうになりながらも、強い意志力で幸福をとらえようとする謙作の姿を描く。用語、時代背景などについての詳細な注解を付す。

出典:Amazon「暗夜行路 (新潮文庫)」

暗夜行路あんやこうろ』は志賀直哉しがなおやの長編小説。主人公・時任謙作ときとうけんさくの心の揺らぎを描いた自伝的要素の強い小説。

学習院中等科時代に勉強嫌いだった志賀直哉は二度落第したため、二歳年下の武者小路実篤と同級生になりました。武者小路実篤の影響から文学の道に進み、雑誌「白樺」を創刊、 『網走まで』『清兵衛と瓢箪』 などを発表しました。後に足尾鉱山鉱毒事件を発端とした父親との確執が解消され、『和解』『城の崎にて』を発表、文壇に地位を確立しました。父親と和解したことから心の平穏がもたらされ、大正十年には自伝的長編小説『暗夜行路』の雑誌連載が始まりました。志賀直哉は心境小説の完成者として「小説の神様」とまで呼ばれました。

ちなみに、白樺派の作家たちは自殺した有島武郎は別にして、有島生馬九三歳、武者小路実篤九二歳、志賀直哉八九歳と長生きしました。白樺派の「バカラシさ」のおかげだといわれていますが、たしかに『文豪とアルケミスト』の武者&志賀のコンビは長生きしそうですね。

『痴人の愛』谷崎潤一郎

きまじめなサラリーマンの河合譲治は、カフェでみそめて育てあげた美少女ナオミを妻にした。河合が独占していたナオミの周辺に、いつしか不良学生たちが群がる。成熟するにつれて妖艶さを増すナオミの肉体に河合は悩まされ、ついには愛欲地獄の底へと落ちていく。性の倫理も恥じらいもない大胆な小悪魔が、生きるために身につけた超ショッキングなエロチシズムの世界。

出典:Amazon「痴人の愛 (新潮文庫)」

痴人ちじんあい』は谷崎潤一郎たにざきじゅんいちろうの長編小説。真面目なサラリーマン河合譲治が美少女ナオミに振り回される物語。

谷崎潤一郎は青年芸術家を中心とした「パンの会」で永井荷風と出会い、短編小説『刺青しせい』などが認められ耽美派の作家として文壇に登場しました。反自然主義の立場から、女性の肉体を崇める官能的な作品を発表、「女性崇拝」の本質は谷崎文学の方向性を決定しました。次に、「異端」の悪魔主義の時代を経て、日本回帰の時代には小説『春琴抄』『細雪』、評論『陰翳礼讃』の執筆、『源氏物語』の現代語訳の仕事などに取り組みました。

『文豪とアルケミスト』では官能的なキャラクターとして描かれていますね。意外と癖になりますよね。

『D坂の殺人事件』江戸川乱歩

大正末期、大震災直後の東京にひとりの異才が登場、卓抜な着想、緻密な構成、巧みな語り口で読者をひきこむ優れた短篇を次々と発表していった。日本文学に探偵小説の分野を開拓し普及させた江戸川乱歩(1894‐1965)の、デビュー作「二銭銅貨」をはじめ「心理試験」「押絵と旅する男」など代表作12篇を収録。

出典:Amazon「江戸川乱歩短篇集 (岩波文庫)」

D坂ディーざか殺人事件さつじんじけん』は江戸川乱歩えどがわらんぽの探偵小説。密室殺人事件を「私」と素人探偵「明智小五郎」が推理する探偵小説。名探偵・明智小五郎が初登場した記念碑的な作品。

江戸川乱歩は『二銭銅貨』で認められ、西洋の探偵小説の模倣に留まらず、独創的なトリックと緻密な構成の作品で日本推理小説の礎を築きました。探偵小説だけではなく、幻想的・猟奇的な雰囲気の作品も残しています。明智小五郎シリーズの『D坂の殺人事件』『心理試験』の他に、『パノラマ島奇談』『陰獣』、児童向けの『怪人二十面相』シリーズなど。

ちなみに、江戸川乱歩のペンネームの元は近代推理小説の開祖・エドガー・アラン・ポー。『文豪とアルケミスト』では、2020年1月にエドガー・アラン・ポーが実装されましたね。江戸川乱歩とポーの会話が楽しみです。

『坊っちゃん』夏目漱石

『坊っちゃん』は数ある漱石の作品中もっとも広く親しまれている。直情径行、無鉄砲でやたら喧嘩早い坊っちゃんが赤シャツ・狸たちの一党をむこうにまわしてくり展げる痛快な物語は何度読んでも胸がすく。が、痛快だ、面白いとばかりも言っていられない。坊っちゃんは、要するに敗退するのである。 (解説・注 平岡敏夫)

出典:Amazon「坊っちゃん (岩波文庫)」

っちゃん』は夏目漱石なつめそうせきの中編小説。松山の中学に数学教師として赴任した直情径行の青年「坊っちゃん」が巻き起こす様々な事件を描写した作品。夏目漱石の松山中学での教師体験に基づいた初期の代表作。

反自然主義の立場から余裕派高踏派の作家として出発した夏目漱石は明治後半から大正初期に活躍しました。留学先のロンドンから帰国後、「ホトトギス」に『吾輩は猫である』を執筆、さらに『坊っちゃん』『草枕』を次々に発表し、朝日新聞に入社後は新聞小説として『夢十夜』、前期三部作『三四郎』『それから』『』、「修善寺の大患を経て、後期三部作『彼岸過迄』『行人』『こころ』を発表しました。常に人間のエゴイズムを追究した作品を書いていた夏目漱石は晩年には「則天去私」の境地に至り、『明暗』の執筆に取りかかりましたが未完に終わりました。他に講演『現代日本の開化』『私の個人主義』など。

夏目漱石の私邸には毎週木曜日に門下生たちが訪れ「木曜会」と呼ばれました。『文豪とアルケミスト』では芥川龍之介・久米正雄と夏目漱石の師弟関係が良いんですよね。もちろん、親友の正岡子規との関係性にも注目です。

「へ」の段

『注文の多い料理店』宮沢賢治

これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません――生前唯一の童話集『注文の多い料理店』全編と、「雪渡り」「茨海小学校」「なめとこ山の熊」など、地方色の豊かな童話19編を収録。賢治が愛してやまなかった“ドリームランドとしての日本岩手県”の、闊達で果敢な住人たちとまとめて出会える一巻。

出典:Amazon「注文の多い料理店 (新潮文庫)」

注文ちゅうもんおお料理店りょうりてん』は宮沢賢治みやざわけんじの童話。山に狩猟にやってきた二人の青年紳士が「西洋料理店山猫軒」を訪れる物語。

盛岡高等農林学校を卒業後、宮沢賢治は上京して、日蓮宗の熱心な信者として奉仕と布教活動に専念しました。稗貫農学校(翌年に岩手県立花巻農学校に改称)の教師として四年間働き、以後、農民指導に奔走。宮沢賢治は仏教信仰と農民生活に根ざした約四百編の詩と約百編の童話を残しましたが、生前に正当な評価を得ることはできませんでした。童話集『注文の多い料理店』と詩集『春と修羅』は生前に自費出版で刊行されました。代表作は他に長編童話『銀河鉄道の夜』など。

「北の賢治、南の南吉」と賞賛される児童文学の双璧、宮沢賢治と新美南吉。両者に面識はないけれども『文豪とアルケミスト』では仲良しですね。

『走れメロス』太宰治

恋をしたのだ。そんなことは、全くはじめてであった――。青年の独白から始まる「ダス・ゲマイネ」。かばんひとつさげて、その峠を訪れた。私は、富士に化かされた(「富嶽百景」)。朝、目を覚ましてから寝床に入るまで、少女の心理を鮮やかに捉える「女生徒」。そして、命を賭けた友情をきりりと描いた永遠の名編「走れメロス」。九つの物語が万華鏡のようにきらめく短編集。

出典:Amazon「走れメロス (新潮文庫)」

はしれメロス』は太宰治だざいおさむの短編小説。メロスとセリヌンティウスの友情物語。

太宰治は自殺未遂・麻薬中毒・精神病院に入院と破綻した生活を過ごしていました。しかし、三十歳のときに師匠・井伏鱒二の仲介で結婚、生きる意思が生まれ、敗戦時まで精神的に安定した生活を送ることができました。『走れメロス』は『富嶽百景』『女生徒』などの作品とともに、安定期に完成した明るい作品のひとつです。戦後は無頼派の作家として坂口安吾石川淳らとともに活躍しました。代表作は他に短編小説集『晩年』、『津軽』『斜陽』『人間失格』など。

第一回芥川賞の最終選考に残った太宰治は佐藤春夫に哀願状を出しました。しかし、選考の結果は次席。落胆した太宰治は、今度は川端康成に当たり散らしました。『文豪とアルケミスト』では「芥川賞欲しい!芥川賞欲しい!芥川賞欲しい!……よし、直訴だ!!」(ボイス「図書館二」)と叫んでいましたね。懲りないですね。

『高野聖』泉鏡花

飛騨天生(あもう)峠、高野の旅僧は道に迷った薬売りを救おうとあとを追う。蛇や山蛭の棲む山路をやっと切りぬけて辿りついた峠の孤家(ひとつや)で、僧は匂うばかりの妖艶な美女にもてなされるが……彼女は淫心を抱いて近づく男を畜生に変えてしまう妖怪であった。 幽谷に非現実境を展開する『高野聖』ほか、豊かな語彙、独特の旋律で綴る浪漫の名作『歌行燈』『女客』『国貞えがく』『売色鴨南蛮』を収める。詳細な注解を付す。

出典:Amazon「歌行燈・高野聖 (新潮文庫)」

高野聖こうやひじり』は泉鏡花いずみきょうかの短編小説。高野山の旅僧が飛騨天生峠で体験した怪異の物語。

尾崎紅葉の門下生として出発した泉鏡花は観念小説の作家として認められましたが、明治三〇年代には『高野聖』などの神秘的・幻想的な作品に進み、さらに唯美的な『婦系図』『歌行燈』を発表、独自の浪漫主義の世界を描き出しました。

『文豪とアルケミスト』では、潔癖症で、うさぎグッズをコレクションしていて、尾崎紅葉を神格化している泉鏡花。全部史実通りです。元からアニメのキャラクターみたいな作家ですね。

『歯車』芥川龍之介

自ら死を選んだ文豪が最晩年、苦悩の中で紡いだ奇跡の傑作6編。
芥川最晩年の諸作は死を覚悟し、予感しつつ書かれた病的な精神の風景画であり、芸術的完成への欲求と人を戦慄させる鬼気が漲っている。出産、恋愛、芸術、宗教など、自らの最も痛切な問題を珍しく饒舌に語る「河童」、自己の生涯の事件と心情を印象的に綴る「或阿呆の一生」、人生の暗澹さを描いて憂鬱な気魄に満ちた「玄鶴山房」、激しい強迫観念と神経の戦慄に満ちた「歯車」など6編。 「或阿呆の一生」と「歯車」は死後の発表となった。

出典:Amazon「河童・或阿呆の一生 (新潮文庫)」

歯車はぐるま』は芥川龍之介あくたがわりゅうのすけの短編小説。神経衰弱のために「地獄より地獄的な」生に苦しめられている「僕」が半透明の歯車の幻覚に襲われる物語。

大正期を中心に活躍した芥川龍之介は雑誌「新思潮」に参加し、創作活動を開始しました。『』が夏目漱石に激賞され、文壇に登場。芸術至上主義の作家として日常生活とは異質の感動を求める作品を書き上げました。晩年は神経衰弱に悩まされ、「ぼんやりした不安」から自殺。『歯車』は遺稿として残された作品のひとつでした。代表作に『羅生門』『』『地獄変』『奉教人の死』『河童』『歯車』など。

一高から東京帝大に進み、久米正雄菊池寛山本有三松岡譲と学生時代を過ごした芥川龍之介。『文豪とアルケミスト』では、雑誌「新思潮」同人および夏目漱石との師弟関係に注目ですね。


以下、随時更新中…

「と」の段

『怪談』小泉八雲

『或る女』有島武郎

『山椒魚』井伏鱒二

『伊豆の踊子』川端康成

「ち」の段

『ドグラ・マグラ』夢野久作

『檸檬』梶井基次郎

『浮雲』二葉亭四迷

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